デス・オーバチュア
第250話「最後の十三騎」



巨大な黒刃が半ばで叩き折られ、大地に突き立った。
「…………」
「……やった……やってやったぜ……」
シャリト・ハ・シェオルとラッセルは、互いに背中を向けて立っている。
「お……俺の……勝ち……だ……ああぁぁっ!?」
バイオレントドーンの刀身が突然跡形もなく砕け散り消滅する。
それと同時に、ラッセルは吐血しながら前のめりに倒れ込んだ。
「ふむ……」
大地に突き立っている黒刃と、シャリト・ハ・シェオルに残っている黒刃が黒い粒子になって消えていく。
「ふん、引き分けということか?」
いや、消えたのではない、黒い粒子は集い、シャリト・ハ・シェオルの右腕を再構築させた。
「いえ、混沌黒刃は折れただけ、それに対してバイオレントドーンは刀身全てが消滅……どちらが上か比べるまでもないでしょう」
「ふん……」
シャリト・ハ・シェオルはラッセルと違い、何のダメージもなく平然と立っている……そのことを考えても、勝者がどちらかは誰の目にも明らかである。
「……あの瞬間、『鋭さ』だけは私を超えていた……」
「力の性質の違いでしょうね。赤淘絶刃は限界まで凝縮された力(パワー)の塊……言わば極限まで純化された刃……瞬間的に一点に対してのみなら最強……斬れないものはないでしょう……例え相手が裏の混沌だろうと異界竜だろうとも……」
コクマは視線をシャリト・ハ・シェオルの右手に向けた後、異界竜姉妹の死骸に移した。
死骸と言っても、四肢を切り落とされた皇鱗と違って、皇牙は遠目には無傷にも見える。
「外傷は腹部だけ……だけど、これは致命傷じゃない。外側を傷つけずに内側だけを破壊……いいえ、肉体を傷つけずに命だけを奪ったと言うべきかしらね?」
コクマの視線に気づいたメディアが診察結果を述べた。
「肉体を傷つけずに魂だけを抜き取ったんだよ、まるで死神の大鎌のようにね」
この場に居る誰のものでもない声が答える。
新たな声の発生源に、この場の全員が視線を向けた。
黒いスウェットジップアップパーカ(フードつきのゆったりしたジャケット)、黒スパッツ、黒のスニーカーにアンクルソックスといった、とてもスポーティー(軽快で活動的)なファッションをしたちっちゃな女の子。
女の子というのはあくまで声からの判断で、スウェットジップアップパーカのフードを深々と被っているため顔は口元しか見えなかった。
「ふう、決闘を止めるのを野暮と思って遠慮したのが裏目に出たか……」
「なっ!?」
女の子を中心に青き闘気が爆発的に放射される。
「巻き添えで死にたくなかったら全速で離れてね……この島からっ!」
「無茶なっ!?」
「姉様!」
飛び離れたのはタナトスとクロスが一番遅かった。
他の者達は女の子が闘気を放出した段階で、この場から姿を消している。
「天魔青嵐撃(てんませいらんげき)!!!」
女の子の背から漆黒の翼が生え、突きだされた両掌から荒れ狂う青き闘気の塊が撃ちだされた。
嵐を球状に閉じ込めたような闘気弾は、異界竜姉妹の亡骸に直撃し爆裂する。
解き放たれた青き嵐が全てを呑み込んだ。



「青い……嵐……青嵐か……」
タキシード(夜間用略礼服)を着こなした橙色(オレンジ)の髪と瞳の青年は、遠方で生まれた『嵐』を感じ取っていた。
「本当ならこの島の地表を全て消し飛ばす程の嵐……けれど……アレを滅ぼすには役不足だったか……」
青年は何の感情も宿していない『無為』な瞳で夜空を見つめる。
「どこを見ている!? 私を無視するな!」
悪趣味なぐらい派手な青年が彼を怒鳴った。
「……ああ、まだ居たのか、ハーミット?」
無数の青い薔薇の刺繍がされた白い上下のスーツ、少し青みがかった白髪、蒼穹の空のような澄んだ青瞳。
無視されて憤慨しているのは、ガルディア十三騎の一人『青薔薇のハーミット』だった。
「まだ居たのかだとっ! 貴様、ひとの兵士(下僕)を殲滅しておいてその態度はなんだ!?」
向き合っているハーミットとタキシードの青年の周りには、数え切れない程の兵士の屍が転がっている。
まさきに死屍累々といった感じだ。
「会うなり襲いかかってきたのはお前だろう? 俺は別にお前など相手する気もなかった……」
「くっ……卑しき逃亡者のくせに、この偉大なる私を無視するなど許されると思うのか!」
偶然遭遇し、目が合ったにも関わらず、この青年はハーミットを無視してそのまま立ち去ろうとしたのである。
それが、ハーミットには許せなかった。
「なんだ……挨拶して欲しかったのか? 久しぶりだな、ハーミット、相変わらず無駄に派手だな」
「貴様ぁぁぁっ! どこまで私を愚弄する気だ!?」
ハーミットは腰のレイピアを抜刀する。
「私への無礼はガルディアへの反逆とみなす! 死して詫びよ、飼い犬にも成れぬ野良犬っ!」
「飼われていたつもりはない……そもそも、お前もガルディアの十三騎(飼い犬)の一匹だろう?」
「黙れ! 受けよ、青き薔薇の洗礼……インプレッシブ・ブルーローズ!」
跳躍したハーミットが左手のレイピアを横に一閃すると、無数の青い薔薇が放たれ、青い流星となってタキシードの青年へと降り注いだ。
「うっ!? 馬鹿な……」
タキシードの青年は一歩も動いていない。
にも関わらず、青い流星(薔薇)は一発もタキシードの青年に当たらずに地上だけを破壊していた。
「……もっとちゃんと『狙った』方がいい……」
タキシードの青年はハーミットを見てもいない。
彼の視線は、星一つ無い夜空に向けられていた。
「……ならば、これも『小細工』でかわせるか!? インプレッシブ・ブルーローズ!」
ハーミットの周囲に無数の青薔薇が出現する。
「彗星(コメット)!!!」
青い薔薇達は、青い巨大な彗星と化すと、一斉に地上へと解き放たれた。
これなら、例え彗星自体は紙一重でかわせたとしても、彗星激突時の地上を埋め尽くす大爆発からは逃れられないはずである。
「…………」
タキシードの青年は微動だにせず、無数の青き彗星が地上へと激突した。


「ふはははははははははははははっ! 解ったか! これが高貴で偉大なる私の真の力だっ!」
ハーミットの高笑いが空に響き渡る。
「貴様のような得体の知らない力とは違う、地上の神である私の……なあっ!?」
信じられないものを目撃し、ハーミットの言葉は途中で途切れた。
タキシードの青年が立っている、彗星の降り注ぐ前とまったく変わらない場所に……。
「お前は決定的な勘違いしている……俺がお前の攻撃を回避しているんじゃない……お前の攻撃が俺には当たらないんだ……絶対に……永遠に……」
そう告げる青年は、手品師のようにトランプを派手にシャッフルして遊んでいた。
「これ以上お前にくれてやる俺の時間はない……失せろっ!」
トランプ……52枚のカードが空へと舞い上がる。
「フェイト・オブ・スペード(剣斬の運命)!」
「ああぁ……うぐぎゃあああああああああっ!?」
一瞬にして七倍以上の数に増殖したカードの群が、ハーミットを切り刻みながら呑み込んで空の彼方へと消えていった。
「……十三騎『最弱』のこの俺に負けるようじゃ……十三騎の資格はないな、ハーミット……」
タキシードの青年は右手に新たな一枚のカードを出現する。
「で、君はいつまで覗いてるつもりだ?」
振り向きもせず背後へとカードを投げつけた。
「つっ!?」
大地に突き刺さったカードが橙色の閃光と共に爆発を起こすと、血のように真っ赤な騎士の鎧を纏った青紫の長髪と瞳の少女が飛び出してくる。
「……お久しぶりです、フォートラン様……」
リーアベルトは片膝を折ると、タキシードの青年に深々と頭を下げた。
「君……君の主人もハーミットみたいに不確定要素である俺を排除したいのかな?」
タキシードの青年……フォートランは口元に意地悪げな微笑を浮かべる。
「め、滅相もありません! 寧ろ、ザヴェーラ様はフォートラン様と手を組みたいと……」
リーアベルトは顔を地面に擦りつけるように平伏した。
「それこそ悪い冗談だ。俺は誰とも組む気……いや、そもそも何もする気がないのだからな……」
その言葉を肯定するように、フォートランからは覇気といったものが欠片も感じられない。
常に、やる気がなさそうな、かったるそうな、何もかもがどうでもよさそうな感じだ。
一言で言えば、無気力な印象のする青年である。
「君が膝を折るのは主人であるザヴェーラと……後は一応女王のイリーナだけでいいはずだ……いくら主人のためとはいえ、俺如きに頭を下げる必要はない……」
「……はっ……しかし……フォートラン様……」
「解った解った。もしも、ガルディアに帰ったら、君の主人の所に顔出そう……それでいいだろう?」
「は……はい! 有り難うございます!」
「やれやれ……」
フォートランは死ぬほど面倒臭そうな表情で嘆息した。
「……本当に面倒臭い」
彼はいつの間にか右手に持っていた一枚のカードを、前方へと投げつける。
放たれたカードは巨大化し、『壁』になると空中で停止した。
その壁に、二つの巨大な何かが直撃し、跳ね返される。
「……ブーメラン?……いえ、手裏剣?」
跳ね返された物体は、三つのナイフが連結された奇妙な投擲武器だった。
「殺(と)った!」
奇妙な投擲武器からリーアベルトが連想した人物(フォーティー)が、フォートランの背後に姿を現す。
フォーティーの両手にそれぞれ逆手で握られた忍者刀が、容赦なく彼の首へと斬りつけられた。
「……え? えええっ!?」
刎ねたはずのフォートランの首は健在で、代わりにフォーティーの忍者刀が二本とも刃が根本から『断ち切られ』ている。
「挨拶代わりに殺そうとするのが十三騎の最近の流行なのか……?」
フォートランの両手の人差し指と中指の間にはそれぞれ一枚ずつカードが挟まれていた。
「トランプ!? そんなもので新品の忍者刀が……新品の……」
フォーティーはやけに新品という部分を強調して嘆いている。
「……悪いが……弁償してやる金はない……」
「あ……あ……あんまりですっ!」
会計(家計)のやりくりに悩む従者(主婦)な少女は、跳び離れると同時に、四本のクナイをフォートランへ投げつけた。
外すはずのない至近距離、しかし、クナイは全てフォートランを掠めるように通過していく。
「嘘!? そんなの有り得ない……くぅっ……」
フォーティーが両手を広げると、両掌にクナイがまるで孔雀の羽のように際限なく増え拡がっていった。
「これならどうですかっ!」
数百、数千といった数え切れない数のクナイが一斉に解き放たれる。
今度は外すはずもなければ、擦り抜けて回避される隙間もない……物量任せの完璧な攻撃だ。
「…………」
「なっ!?」
予想外の行動、フォートランが降り注ぐクナイの弾幕に自らダッシュで飛び込んでくる。
「チェックメイト……」
そして、クナイの弾幕を『擦り抜け』たフォートランは、右手の指で挟んだカードをフォーティーの首に突きつけた。
「う……くっ……」
このカードが忍者刀を切断したという事実をフォーティーは知っている。
僅かでも動けば、自分の首は切り落とされるだろう……まさに王手(チェックメイト)……完全な自分の負けだった。
「やはり、従騎士如きじゃ話にもならんか?」
声と共に後方から爆発するような轟音が響く。
「ち、ちょっと、ギル様っ!?」
「うおおおおおおおおおおおおっ!」
猛々しい闘気……『剣気』を全身にまとったギルボーニ・ランが突進してきていた。
フォートランの背中ごと、その向こう側のフォーティーすら貫ぬかんばかりの勢いで必殺の突きが放たれる。
「つつっ!」
初めて険しい表情を浮かべて、フォートランは勢いよく振り返った。
「遅いっ!」
「剣(ブレイド)!」
カードを摘んでいたはずのフォートランの右手に、代わりに一振りの『剣』が握られている。
振り返った勢いで回転斬りのように放たれた剣刃と、突きだされた極東刀の先端が正面から激突した。
「よう、久しぶりだな、幸運のフォートラン」
「……ふん、俺としたことがお前の剣気につい釣られてしまったよ……」
ギルボーニ・ランの極東刀は、フォートランの剣刃に『突き刺さって』止まっている。
数秒後、剣は粉々に砕け散って消滅した。
「カードを一枚駄目にしてしまった……」
地に落ちた剣の破片は、いつの間にか全て『紙切れ』に代わっている。
「そのくらいの価値はあっただろう? さっきの『挨拶』は……と、悪い、フォーティー」
「え……あああっ!?」
フォーティーの見ている前で、ギルボーニ・ランの極東刀の刃がポキリと二つに折れた。
「な……な、なにを折ってるんですか!? 相手は紙ですよ、紙! ただの紙切れ! そんなものと相打ちなんて割に合わないじゃないですか! いったいその刀がいくらしたと……」
「いや、ただの紙じゃないだろう? 流石に……なあ?」
ギルボーニ・ランはフォートランにフォローを求める。
しかし、フォートランはフォローする気のあるなし以前に、相手の状況を察してやる敏感さを持っていなかった。
「ただの紙というか……正真正銘、種も仕掛けもない……市販のトランプだが……1セットで1000G……」
「1000G!? たったの……?」
「トランプとしては適切な値段だと思うが?」
「この馬鹿……」
「1000G……1000÷52=19.23……1枚約19G!? 19Gの紙切れで極東刀があああああああああああああああぁぁっ!」
フォーティーが認められない事実に絶叫をあげる。
「よく解らないが……俺はこれで消えるとしよう……」
「おい、待て、フォート……」
「ギル様の馬鹿馬鹿馬鹿あぁっ! なんで19Gの紙切れに負けるんですか!?」
「負けてないだろうが、こっちが折れて、向こうは砕け散っ……」
「そんな差異はどうでもいいんです! 買ったばかりの極東刀を一撃で駄目にしたことが大問題なんですよっ!」
ヒステリックに喚くフォーティーに詰め寄られているギルボーニ・ランを無視して、フォートランはその場を後にした。










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一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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